2011年7月アーカイブ

 私は、江戸指物とは最高級の木工品である、という説明ですべてを説明できると最初考えていました。
 今はどうかというと、何をもって最高級というか、悩んでいます。
 というのも、最高級の木材を使う、というのも正解なら、最高級の技術を駆使して作られる、というのも正解であり、また、最も高価な木工品である、というのも正解です。
 しかし、そのどれも江戸指物の本質を衝いてはいません。

 先日、私の一つ年下の弟の同級生が来てくれました。彼は、常心亭の昔の家の3軒隣の薬局の次男坊でした。彼は、早めに職を辞し、現在は大学の講義を聴いて回る毎日だそうです。彼の飼っていた犬が、先日死んだそうです。19年生きたその犬は、死ぬ1週間前から何も食べなくなり、自ら衰弱することを選び、1週間後に彼の娘2人と孫と、彼ら夫婦に見守られて、彼の奥さんの膝の上で大往生を遂げたそうです。
 「犬というのは、自分の死ぬ時期を考えて、家族の集まれる日曜日に合わせたんだと思う」と彼は言いました。いったい、このようなことはめったにないと思います。彼ら家族の日々の愛情の深さが推し量れると思います。
 真の愛情というのは、溺愛ではなく、覚めたものでもなく、なんと言っていいか、味わってみなければわからないもので、説明のしようがないもののように思われます。しかし、真の愛情は、犬でもわかるものなのです。

 この真の愛情を、江戸指物師は木に注いでいるように思われてなりません。しかも、命のある木を削って作るのです。そうして出来た製品には、新しい命が誕生しているように思われてなりません。
 そのくらいの覚悟で、江戸指物師は江戸指物を作っていると感じています。

 これが、私が長い間江戸指物に携わって得た結論のような気がします。


 弟の同級生だった彼は、考えてみたら、不思議な生き方をしています。彼が大学の講義で何を聴いているかというと、宇宙の生成についてだそうです。かれは「宇宙の誕生については、誕生後1秒から先のことについてはもう分かっているが、最初の1秒までの間がどうしても分からないのだそうで、今世界中がその研究をしている」のだそうです。
 この、あふれるほどの家族愛にあふれた彼が、宇宙の生成について講義を聴きまわっている姿を誰が想像できるでしょう?誰がその理由を理解できるでしょう?でも、彼はそんなことは一切気にしないのです。彼は彼の自由な人生をいきいきと生きているだけなのだと思います。

 命というのは1種類だけなのだと思いますが。表現のしかたは千差万別なのが当たり前なのではないでしょうか?命を大切にする、ということは、千差万別を認める、ということです。その千差万別を愛する、ということは、なんて美しいことなのでしょう!

 江戸指物も千差万別でいいのだと思います。こうでなければならない、ということはないということです。ただ、愛が感じられればいいのです。美しいと感じられればいいのです。生きていて良かったと思えればそれでいいのです。暖かく、楽しく感じられるものを選んでください。
 私は、江戸指物にそれを感じています。

常心亭 矢尾板義雄

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